概要

就業機会

昔は父親が課長に昇進すると赤飯を炊いた時代があった。定年も多くは55歳だった。寿命がのびているためか、或いは年金財政の状況で支給開始年齢の引き上げが影響しているのか、定年が60歳そして65歳と引き上げられている。改正高年齢雇用安定法では、希望する従業員全員が65歳まで雇用確保するよう定められた。60歳未満定年制が禁止されたのは1998年であるので最近の話である。

60歳定年企業は80%を切り減少傾向にあるようだ。一方、65歳定年は約16%で増加傾向にある。定年後も働きたいと思っている人の理由は何だろうか。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査(2015年)を参考にすると、1位「現在の生活のため…78.5%」、2位「老後の生活に備えて…47.0%」で「自分の経験や能力を活かしたい」は31.8%:5位である。では、週に何時間くらい働きたいかというと、40~50時間未満…42.3%、30~40時間未満…36.3%で、20~30時間未満…6.6%である。大半がフルタイムを希望しているということだ。働かざるを得ない現状が見えてくる。継続雇用になっても定年後の報酬面は半減することが多い、厳しい。

米国では、ウーバーのドライバーの4人に一人が50歳以上である。エアビーアンドビーのホストの約1割が60歳以上である。その背景を立証するものとして、米国立退職貯蓄研究所の試算がある。2015年において米国の全世帯の貯蓄残高は2500ドル(中央値)で、55~64歳の労働者で年収以上を貯金しているのは3人に一人だという。欧州では、同世代の2人に1人が働いている状況だ。老後の厳しさはどこも似たような状況のようだ。つまり高齢化は日本だけの問題ではなく世界的に進んでいる。お隣中国においては、2020年までに約2億人の生産人口が減少するといわれている。

一方、若者(16歳~24歳)の就業状態をみると、こちらも厳しい状況が伺える。米国、英国の失業率は20%を超えている。スペインにいたっては50%超である。EU加盟国全体では、25歳以下の失業率は20%超である。中東諸国にいたっては更にひどい状況のようだ。国際労働機関(ILO)の調査では、若者の58%が「いい仕事に就く」という希望を捨てているという。また、先進国では24歳以下の若者の3分の1が派遣労働という実態である。

では、高い教育を受ければ就業機会は増えるかというとそうとは限らない。むしろ、就業機会のある地域や国への移住が増えていくだろう。保護主義の動きもあるが、人の移動の方が重要な課題である。最大の問題は、社会不安である。若者に就業機会がなければ物理的充足はなく社会参画というジェネラティビティさえなくなってしまう。

日本では若者労働力は売り手市場であるが、全体的には40%が非正規雇用である。今、働き方改革が叫ばれているが、就業機会を容易に得て、マルチジョブで働くプラットフォーム社会が求められ、働く側もどのようなキャリアやライフスタイルを描くのか、より主体的で多様でそして楽しい生き方を真剣に考える時代である。

実験する文化

私が起業家人材プログラムを開発したのが1999年である。ある社団法人と組んでのプロジェクトであった。当時の問題意識として起業率より廃業率の方が高かったからである。良い社会というのは、チャンスの多い社会だと思っている。

クロトンビルや欧州の先進的企業にも行ってイノベーション人材育成の研究を行いながらの開発であった。各社から選抜人材が集い、新規事業計画を創り上げるというプログラムである。1期(年間プログラム)、2期、3期と開催していくうちに、これは研修プログラムであって実際に事業を興すものではなかった。想いというのはすれ違うものである。

実際に外に出てフィールド調査を行うなど具体的な事業案を出し、発表会前日まで財務シミュレーションを行い、当日では投資家に点数を付けていただくなどブートキャンプさながらであった。発表会が終わると祭りの後のように皆自分達の会社に戻り、いつも通りの仕事をする。私は6期で総合コーディネーターを辞めた。

E.H.シャインは外的任務指向と内的任務集団指向のリーダーシップを分けている。敢えていうなら創造と管理(PDCA)といえる。この2つは異なったリーダーによって達成されるとしており、部下もリーダーには2種類いると認識(区分)している。指導者と軍師、創業者と参謀。井深大と盛田昭夫、本田宗一郎と藤澤武夫。歴史的には、織田信長に沢彦宗恩(たくげん そうおん)、秀吉には施薬院全宗、武田信玄には山本勘助といった具合だ。

先日或る機会があってベンチャー経営者4人の話を聞くことができた。4人に共通していたのは、身近な友人や家族が起業していることであり、起業は普通だったということだ。私もニューヨークで起業した。西海岸と東海岸では雰囲気は違うが、起業は普通であったし、ライフスタイルのような、文化のようなものであった。

最初に行った起業家人材プログラムに参集された方達は参謀タイプであって起業家タイプではなかったのかもしれない。企業は優秀な人を求めるが、優秀さと創造性は異なる。前者は理性と秩序を生み出すかもしれないが、後者は破壊と創造である。

人は理解してもやったことにないものは大概、出来ない。疑似体験でもよい。だから実験が大事なのだ。それは本をいくら読んでも考えてもわからない。教えられないことがある。自ら体得するしかない応心である。

知的内省と振り返り

ドラッカーなど興味はないという方もいるだろうか、まあ付き合ってください。

P.F.ドラッカーは知識労働者に対して次のように述べている。「知識労働者が成果をあげるための第一歩は、実際の時間の使い方を記録することである。大切なのは、記録することである。記憶によってあとで記録するのではなく、リアルタイムに記録することである。」

“昨日8時間、あなたは幾つのアウトプットを出しましたか。そこに投資した時間は健全でしたか。” “先週40時間、あなたは幾つのアウトプットを出しました。そこに投資した時間は健全でしたか。”この問いにこたえられる人は殆どいない。

外部環境から戦略は考察する。しかし、イノベーションというのは内なるものである。時流を掴むことは欠かせない。外圧で仕方なく変化せざるを得ないというのは組織文化的に好ましくないのではないか。

20年ほど前、IBM会長ルイス・ガースナー氏はいった。「戦略はわかっている、問題は徹底実践(execution)できるかどうかだ。」決めたことができない、計画したことができないとなれば、価値ある戦略も意味をなさない。

ドラッカーはいう。“仕事に関する助言というと、計画しなさいから始まるものが多い。まことにもっともらしい。問題は、それではうまくいかないことにある。計画は紙の上に残り、やるつもりのないまま終わる。”

イノベーションの原動力は知的内省にある。そしてその基本は時間の振り返りにあるのではないだろうか。